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読書感想文『赤いくつ』あらすじ・伝えたいこと

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あらすじと、記事を簡単にご説明します

今回のお話は『赤いくつ』。言わずと知れたアンデルセン童話です。

美しい赤い靴に魅せられたカーレン。自分の気持ちを優先させ、いくつかの過ちを犯します。すると靴は脱げなくなり、踊り続けることになってしまいます。カーレンは足を切り落としてもらい、最後には天に召されます。なかなか怖い内容ですね。

うちの三男グレーゾーンボーイです。

私は地方在住の50代。子どもの教育に関わる仕事を週2回ペースでしている”つつじ屋”といいます。

家族:だんな 定年間近の会社員
  長男 大学生 勉強が大好き
  次男 大学生 自由が大好き
  三男 高校生 ウルトラマン大好き

三男は発達障害グレーゾーンで境界知能の持ち主です。

このブログでは、この三男にまつわるエピソードや困り事などを、グチ多めでつづっていきたいと思っています。よろしくお願いします。

読書感想文のイラスト
グレーゾーンの息子には読書感想文はむりでした

お子さんに本をたくさん読んでもらいたいと思っている親御さんに、絵本定期購読がおすすめです

以下感想文です。

目次

読書感想文『赤いくつ』 例文

※注 この本は現在は絶版となっております。

フェリシモ出版さん(アマゾンヘ)↓

赤いくつ 絵本

とてもこわいお話でした。
おどりつづける赤いくつも、足を切ってほしいというカーレンも、本当に足を切ってしまうくび切り役人もみんなこわいです。ふつうではかんがえられません。もう少したのしくおどったりするお話かと思っていたのですが、ずっとこわくておどろきました。

カーレンはきれいな赤いくつをはきたくて、してはいけないことをいくつかしてしまいます。
教会には黒いくつで行かなければならないのに、赤いくつで行ってしまいます。それに、年おいたおくさまのかんびょうをほうっておいて、赤いくつをはいてぶとう会にも行ってしまいました。そしておこった天使に

「おまえはいつまでもおどりつづけるのだ。」

と言われ、本当におどりつづけることになってしまいます。

カーレンがさいしょにもらった赤いくつは、くつやのおばあさんが作ってくれた布でできたものでした。
このときのカーレンはあまりうれしそうではなく、はくものがないからはいている、というかんじです。くつがきれいとか思っていなかったし、じぶんのうつくしさにも気づいていません。布の赤いくつを作ってくれたおばあさんにもっとかんしゃして、おくさまのおやしきにいってからも大切にしていたら、ここまでかなしいことにはならなかったんじゃないかなと思います。

でも町で見つけたきれいな赤いくつに心をうばわれてしまいます。
教会のきまりが何であっても、このきれいな赤いくつをはきたいという自分のきもちをゆう先してしまいます。なにも教会にはいていかなくても、町へでかけるときとかにおしゃれをしてはけばいいのに、と思います。まるで赤いくつにのろわれてしまったように赤いくつのことばかりかんがえるカーレンは、この赤いくつを手にしたしゅんかんからふつうではなくなってしまったと思います。

自分のうつくしさも知ったカーレンは、人びとにもっと自分を見てほしい、ほめてほしいと思ったのでしょうか。

「きれいなわたしがきれいな赤いくつをはいているの、すてきでしょ。」

とじまんしたかったのでしょうか。でもなんとなくそれだけじゃないような気がします。
じまんしたければもう少しはなやかなきもちになると思うのですが、カーレンはただ赤いくつをはいて見つめているだけです。赤いくつに心をうばわれているけれど、ときめいているかんじはしません。じぶんがほしくて手に入れた赤いくつなのに、はいているカーレンがあまりうれしそうでないのはどうしてなのでしょうか。

くつがぬげなくなり、おどりつづけなければならなくなったカーレンはどんなにこわかったことでしょう。
あまりのきょうふから、足をきりおとしてくれなんておねがいすることになってしまったんだと思います。すぐにきりおとしてしまうくびきり役人もどうかしています。みんな赤いくつにのろわれてしまったような気がします。

そのご、牧師さんのところでけんめいにはたらいたカーレンは、天使にもゆるされたのか、かみさまのもとへのぼっていくことになります。あのときおくさまのかんびょうをきちんとしていたら、くつやのおばあさんにも、そだててくれたおくさまにももっとかんしゃの気もちをもっていたら、カーレンはずっとわらっていられたかも、と思います。

『赤いくつ―アンデルセン童話 (おはなしのたからばこ 11)』 
角田 光代 (著), 網中 いづる (イラスト) フェリシモ出版より

赤いくつのイラスト
赤いくつ、女性は好きですよね!

※注 この本は現在は絶版となっております。

赤いくつで伝えたいこと

図書館でお勉強
作者の人って何か言いたかったのでしょうか・・・?

詳しくは分かりませんが、キリスト教の考えを色濃く感じるお話ですね。厳しい一面とゆるし。根底にはそういった深い宗教的な面もあると思われます。

自分の気持ちだけを優先させず、感謝の気持ちを持つこと

まず言えるのは、自分の気持ちばかりを優先させてはいけないということ。教会に赤いくつをはいて行くのはダメだったし、おくさまの看病もきちんとするべきでした。その時一番大切なことは何なのかを考えた行動をしたいですね。

そこから派生してくるのが、周りの人への感謝のきもちを忘れない、ということでしょうか。最初に布の赤いくつをくれた靴屋のおばあさん、育ててくれたおくさまに、きちんと感謝のきもちを持つべきですね。いろんな人の愛情を受けていたんだと思い返すことができれば、あんなに赤いくつに支配されることもなかったかもしれません。

本当の美しさは内面にある

また、見た目の美しさは時に人を惑わすものであり、本当の美しさではないかもしれない、ということもあるでしょう。実際、美しい赤いくつを手に入れてカーレンが幸せだったのかといえば、かなり疑わしい。本当の美しさとはやはり人の内面的なものなのでしょう。その証拠に、「もうゆるされただろう」と安易に考えたカーレンの目の前には、再び踊る赤いくつが現れますが、心から改心した後はもう現れることはありませんでした。赤いくつにはカーレンの心が分かっていたのですね。

過ちを犯しても、ゆるしを得ることはできる

同時に、どんなに過ちを犯しても、心から反省し懸命に生きていくことでゆるされる、ということでもあります。カーレンは足を切り落とすほどの罰を受けたのですが、その後牧師の元で懸命に働くことでゆるされ、天に召されます。

私はキリスト教徒ではないですし、現代に生きておりますので、天に召されることがゆるされたことになる、という考えは正直なところ全面的に同意とは思いません。とは言っても物語的には、天使を怒らせ、その天使からゆるされたからこそ神のいる天に召されたということは、”ゆるされた”ということ、カーレンに穏やかな時間がやってきたということですね。

赤いくつがはきたかっただけ、女の子がちょとしたわがままを言っただけとも思いますが。それも現代の自由な世界に生きているからこそ言えるのでしょうか。

↓いろんな本にふれる機会があるといいですね! ↓

今回も400字詰め原稿用紙3枚分です。(1200文字)

読んでいる間ずっと漂う重苦しい感じ。『赤いくつ』というお話の持つ底知れない力を感じます。

時と場所をわきまえずにタブーを犯し、自分の気持ちを優先して赤い靴を履き続けるカーレン。
美しさへの憧れ。美しいものを身に着けることのできる自分、そして何より美しい自分自身に注目してほしい気持ち。女の子ならだれでも持ち得る感情ですね。

それでも、その時々で一番大切なことや守らなければならないことをきちんと優先して行動することが大切ですね。

カーレンの肩を持つなら、カーレンはただただ純粋にきれいな赤い靴を履きたかっただけ。
年頃の少女のわがまま。今に生きる私たちにはそんなふうに思えても、厳格なキリスト教の世界では、許されることではないのですね。
宗教、時代、国、お話に影響を与えるのは様々な要素があります。

お子さんの感想としては、赤い靴を履くのが怖くなったとか、おくさま以外の大人ももっと注意してあげればよかったのに、といったものもいいのではないでしょうか。
教会の前を赤い靴だけが踊っているシーンがありますが、他の人々には見えないのかなあとかもいいですね。

考え出すととても深いお話ですが、きまりは守ろうとか、そういう簡単な感想が無理がなくていいんじゃないかと思います。

ダンスのイラスト
楽しくダンスを踊りたいだけ?

↓ここから下は夏休みの読書感想文です

↓こちらは夏休みの詩の宿題です

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