中学卒業後、特別支援学校へ進学できないものかと考え、学校の先生と相談の上、療育手帳の取得を検討した時の話です。
三男は普通級で頑張っていましたが、やはり周りのみんなとの能力の差は大きく、普通の高校へ進学するのはつらいかなと思い始めたからです。
その時の「県事務所」での検査の様子についてお話します。
結果的に「療育手帳」は取れませんでした。
援助がいるからこそ幼いころから療育を受け、児童精神科にかかっているわけですが、微妙なラインで除外されてしまいます。わが家の三男のようなお子さんはたくさんいらっしゃるでしょうね。
本当に困ってしまいますよね…。
うちの三男、グレーゾーンボーイです。
私は地方在住の50代の主婦。子どもの教育に関わる仕事を週2回ペースでしている”つつじ屋”といいます。
家族:だんな 定年間近の会社員
長男 大学生 勉強が大好き
次男 大学生 自由が大好き
三男 高校生 ウルトラマン大好き
三男は発達障害グレーゾーンで境界知能の持ち主です。
このブログでは、この三男にまつわるエピソードや困り事を、グチ多めでつづっていきたいと思っています。よろしくお願いします。
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境界知能・発達グレーゾーン中学生 療育手帳の取得を検討
- 卒業後、特別支援学校へ行くことはできますか?
- 市役所に行った日から約2週間後、検査の日
- その後、心理士さんから簡単に説明がありました
- 事務所を出た時にはもう真っ暗
- 2週間後、正式に「手帳交付の対象にはあてはまりません。」という通知

卒業後、特別支援学校へ行くことはできますか?
まずは市役所で申し込み、そこから実際に検査を受ける県事務所の方へつなげてくれます。
「どうして検査受けようと思ったのですか?」と聞かれましたが、「支援学校への進学を考え、中学校の先生とも相談して決めました。」とそのままを伝えました。
もしかしたら、むやみに受けることはできないのかもしれませんね。
1時間くらいで検査の日程を調整してくださいました。
市役所に行った日から約2週間後、検査の日
この日、偶然学校は半日。
検査は午後3時からだったので、家でゆっくりしてから出かけました。三男本人は何をしに行くのかあまり理解してはいない様子。まあ当然ですね。私もどんなことをするのか実際のところは全く分かりませんでしたし。でも行くことを嫌がるとかはありませんでした。
今にも雨が降り出しそうな空模様です。
この時私は、療育手帳が取れたらいいなあという気持ちと、実際に取れたら家族や本人はどう思うのかなあ、という複雑な気持ちでした。なんとなくスッキリしない気分を抱えながら向かいます。

空もどんより、私の心も
どんより曇り空…。
県の事務所に到着し、受付を済ませます。
しばらくして担当の心理士の方がみえました。


三男の表情は多少の緊張という所でしょうか。それでも基本は笑顔で部屋へ入っていきました。
こういう所、えらいなあと思うのです。検査を受けると言った時点で嫌だと拒否することもできたし、部屋へ入らない選択もできた。言われたことや決められたことはとりあえずやる。ちょっとマイナスな表現をすれば、受け入れてしまう。でもちゃんとやろうとすることは長所だと思っています。
検査の間、私は待合室で待機です。
・・・・・1時間たちました。
そろそろかなあ、もうちょっとかかるか、と思いながらもうしばし待ちます。
・・・・・1時間半たちました。
検査室からは誰も出てきません。
「長いなあ。ちゃんとやれているのかなあ。」だんだん心配になってきます。
・・・・・2時間たちました。
「・・・・・」
「・・・・・トイレ行ってこようっと。」
・・・・・2時間半たちました。
「カチャ。」検査室のドアが開きました。



はぁ、、、やっと終わったよ…(検査2.5時間)
「お待たせしました。」(心理士の先生)
「まだすべてではないのですが、判定の材料として使うところまでは終わりました。より詳しく調べると、さらにここからお時間がかかります。どういたしましょうか・・・?」


この時、時刻は午後6時近く。
事務所の職員さんもほとんど帰宅なさっていました。
おそらく、ほとんどのお子さんは、このさらに詳しい検査も受けていらっしゃるのではないでしょうか。
でもこの長時間、本人もとても疲れたでしょうし、心理士さんも待っていた私もヘトヘトです。
事務所の閉館時間はとうに過ぎていたし、これ以上を求めるのはいろんな意味で無理でした。


「もうここまでで結構です。ありがとうございました。」検査を終了していただきました。
その後、心理士さんから簡単に説明がありました
判定の結果は…。
「おそらく、判定はおりないと思います。」
「ただ、自分が ”わからない” ことがわからなくて、ずっと悩んで、混乱していくみたいですね。」
「あと、わからないことをどうやって人に伝えればいいのかもわからない。」
「助けてほしい気持ちを表現することが苦手ですかね・・・。」というお話でした。



言ってることが
わかんないょ…。
分からないことを人に伝えられないということは、ずっと昔に受けた児童精神科の検査でも言われたことがあります。
「これ、わからない?」と言ってもらえれば「わからない。」と言えるのかもしれませんが、自分からは言い出しません。なので、学校での勉強や作業も止まってしまうことが多いです。
こんなこと聞いたらいけないのかなあとか思っているのでしょうか・・・。はずかしいのかなあ・・・。分からないから教えて、と伝えることも、大切なスキルですよね。
事務所を出た時にはもう真っ暗


ポツポツと雨も降っていました。
どよ~んと沈んだ気持ちで帰途につきます。検査の出来というより、長時間だったことで単純に疲れてしまいました。私より三男の方が絶対疲れていたはずですが。
帰宅したら、私は晩御飯の準備、三男は宿題、大忙しです。
疲れて帰ってきて慌てさせてしまって、少しかわいそうでした。文句も言わず、一生懸命検査を受けた三男、頑張りました。
2週間後、正式に「手帳交付の対象にはあてはまりません。」という通知
この時受けた検査は田中ビネー式知能検査。IQは80
手帳交付の対象ではないということは、喜ばしいことでもあります。しかし、そうなると自分ひとりでなんの援助もなく生きていかなければなりません。


こちらの記事でも知能検査について書いています
↓学校に行けないお子さんもたまには外へ出てみよう!↓
境界知能・発達グレーゾーン中学生 療育手帳の対象ではない
- 手放しで喜べない「手帳交付の対象ではない」こと
- 三男くらいのレベル感の子供には、行政からの支援などはまったくない
手放しで喜べない「手帳交付の対象ではない」こと
なぜなら、手帳の取得を考えたのは、手帳を取得して特別支援学校に通い、障害者枠で就職をする、という道を考えていたからです。
虫がいい、浅はかだと思われる方もいらっしゃるかと思います。
一人で生きていくことができると思われるからこそ療育手帳の交付はされなかったわけです。それだけの能力があるのだから、そこは頑張らないと、とも思います。それでも、通常発達のお子さんのようにはできないことの多い、グレーゾーンの三男です。
通常発達とは違うから、健診でも指摘され、幼いころから療育や児童精神科に通い、いろいろな方の助言をいただいてきました。それなのに、援助がいるよね、と言われてきたのに、三男はある日突然なんの援助もない世界へ放り出されることになります。
やっていくしかないと思いながらも、我が子が将来安心して生活できるように、取りうる限りの可能性を模索したいのです。



やっぱり、療育手帳はくれないんだ…。


三男くらいのレベル感の子供には、行政からの支援などはまったくない
当然経済的にも支援はありません


それならば一人で生きていけるだけの収入を得る必要があります。
でも本当にそんな収入を得られるのでしょうか。今の三男を見ている限り、それができるようには思えません。働くことは大変です。お給料を頂くには、当然それなりの仕事をしなければばりません。
いつまでも分からないでは済まされないし、自分で考えて動くことも求められます。三男にそれができるのか。おそらく本当はたくさんの支援が必要です。
それでも支援がないのなら、一人で生活していけるように、何とか方法を考えなければなりません。
私たち親が生きている間は何とかなっても、その先は確実に一人です。どんな就職先があるのか。続けられるのか。ダメだったらほかにどんな道があるのか。考えなければならないこと、不安なことはつきません。
グレーゾーンのお子さんを持つ親御さんは、きっと私と同じようにあっちを試し、こっちを試し、ご苦労されていると思います。手がかりがあれば、すべてやってみたいですよね。


生まれてから~保育園までのできごと
↓こちらの記事は、生まれて間もないころのお話です。
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小学1年生、勉強やおもらし、のどの手術(アデノイド除去)について書いてます
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中学生時代
↓療育手帳の取得を申請しても、交付を受けることが叶わなかった時のお話
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出典:文部科学省公式サイトより